第11回高校生クイズ 四国・岡山大会回顧録

③決勝編 
▼少し休憩して決勝の場所へ移動。
どうやら決勝戦は全県いっぺんに行うのではなく1県ずつやるみたいだ。

いきなり高知からだったのは少し驚いたけどあとでスタッフに聞いた話では「全体的におとなしい四国・岡山ブロックの中で高知県が1番元気があったからみんなの起爆剤になるように1番最初に持って来た」ということだった。

形式は早押しでマットの上で足踏みを70回すると解答権が得られる。
これは昨年の第10回のダイジェストで近畿ブロックでやってたのを見て面白そうだなと思ってたのでやれてうれしかった。

何より高校生クイズでよくある走っていったり荷物運んでいったりして1人ずつ抜けていく形式でなくてよかったと胸をなでおろした(その形式だとS井が難しいだろうから)。

3P先取。間違いは1回休み。

クイズ開始前に相手チームと握手をしたがカットされていた。
▼第1問
「明治の政治家2人。「隈板内閣」の「隈」は大隈重信、では「板」は?」という高知県らしい問題。

僕は「隈は/」くらいで足踏みに行き、それを見てあとの2人も足踏みを始める。O本チームも踏んでたが僕らについた。
(足踏みの速度なんてみんなそんなに差がないだろうから結局は早く踏み始めた方が勝つ)。

この時の並びはたまたま僕が真ん中で、マイクは僕の前にあった。
僕が答えようとしたら横からI井がマイクに近づいて来た。まあこれは答えさせてやるか、と僕は少し身を引いた。
このI井、僕の苦手な政治・経済や歴史が得意。そういうのもあってチームメイトにしたのだがI井の答えはなんと「伊藤博文」。
当然不正解でスタッフからも笑い声が起こっていた(正解は板垣退助)。

これで1回休み。
▼第2問
「切羽詰まった時の切羽と呼ばれる部分がある武器は?」

これは第8回の決勝で切羽のほうが答えになる形式で出題されてたのでわかったが1回休みなので解答権がない。
こんなの向こうはわからんやろと思ってたらO本チームのS村が「刀」と答えて正解。
0-1。
▼ここまで読んで「あれ?1問めは『痛み分け』じゃなかった?」と思う人もいるかもしれない(←そんな詳しいやついない)。

「痛み分け」問題がいつ出たかはわからないがここで掲載しておく。

「相撲で力士が負傷して取り組み続行不可能。この場合の決まり手は何?(痛み分け)」

I井が僕に小声で「不戦勝じゃない?」と聞いてくる。
しかし「決まり手」なんだからそれは違うやろと僕は首を振る。
それでもI井が足踏みを始めるし、僕も正解がわからないので足踏みを始めた。

I井「不戦勝」ブー
僕が「決まり『手』やき(違うやろ)」と言ったのがOAされてしまった(「やき」というのは土佐弁で「だから」という意味です)。

何故かOAではこの「痛み分け」が第1問に来ていた。
95年版では「伊藤博文はあまりに恥ずかしい誤答なのでカット。でもそうすると「刀」の問題でわかるのに~と僕らが悔しがってるのがつじつまがあわないので痛み分けを1問めに持って来たのでは?」と書いている。後半はそれで合ってると思うけど、伊藤博文じゃなくて痛み分けの方にしたのは僕が「決まり手やき」とI井につっこんでる映像を使いたかったのかなと今は思ったりもする。

単行本では板垣退助→痛み分け→刀の順番で掲載されてるが痛み分けはもっと後です。
▼第3問?
「銀と水銀、比重が大きいのはどっち?」

わからなかったのでいかなかったがO本チームは足踏みを始めてる。
「水銀!」とリーダーのO本が初めて正解。

さっきの準決勝は全然解答権がとれなかったので「2択が出たら押そう」と思ってたけど決勝は2チームだけで解答権が楽にとれるので悠長になってしまった。O本もあてずっぽうみたいだったし行くべきだったか(しかしわからないのに2択をカンで答えたくないという気持ちもあった)。

これで0-2。
▼第4問?
「漢字でアワビは魚偏。ではシジミやハマグリは何偏?」

これもO本チームだけが足踏みを始める。

「貝偏?」ブー
だったら問題にならないやろ、と思った(正解は虫偏)

次は僕らが単独で答えられる。 
▼第5問?
「世界6大陸で最高峰が富士山より低いのはどこの大陸?」

「オーストラリア大陸」を僕が答える。

これは昨年の四国・岡山大会のYES/NOで負けた後、会場に残って続きを見ていた時
「6大陸の最高峰はすべて富士山より高い?」という問題が出題されていた。
正解はNOで福留さんが「オーストラリア大陸の最高峰・コジウスコ山は富士山より低いのです」と言っていた。

高校生クイズの単行本は解説が充実していることで知られるが第10巻のこの問題については「NO」とだけ記載されており、どの大陸が低いのかは書かれてなかったけど福留さんの解説を覚えていてよかった。

これで1-2。
▼第6問?
「もともとはラテン語で「自由」を意味し、劇などで俳優が台本にないセリフをとっさにいうことを何という?」

両方来たが「台本にないセリフを/」くらいで僕らが押しに(踏みに)いったので僕らについた。
ただ両チームが一斉に足踏みすると結構うるさく、最後まで問題が聞こえなかったので「アドリブ?」と疑問形の答え方になってしまった(このシーンを一緒に見た人にはだいたいつっこまれる)。

これで2-2。
▼第7問?
「大小2つの太鼓を股にはさみ、手でたたくラテン音楽の打楽器をスペイン語で何という?」

やばい、わからない。
しかしO本チームは足踏みを始めてる。しかもS村は吹奏楽部。
さっきの準決勝で学芸が2回目のジェスチャー席にいった時や、決勝で0-2になった時も「なんとかなるやろ」と思っていたがここはさすがに負けを覚悟した。

あー負けか。N城(昨年の県代表)に絶対勝つからって言ったのに。
YES/NOで負けるならともかくここで負けるのは悔しいなあ。
でもここまで来たらTVには映るやろ…。

そういうことを考えてるとO本チームのランプがついた。
福澤さん「O本チーム!」
S村「パーカッション?」ブー

そりゃ楽器名じゃなくて打楽器の総称だろ!と思ったがこれは助かった(正解はボンゴ)。
▼第9問
「鋭く物を捜し出そうとするときの目つきを2種類の鳥の名を使って何という?」

「鵜の目鷹の目」という言葉は知っていたがそれが物を捜し出す時の目つきとは知らなかった。
でも他に2種類の鳥と「目」という言葉が出てくる単語を知らないので思い切っていってみた(OAを見ると足踏みの途中で「それでいいのかな?」と僕は首を傾げてる)。

福澤さん「I井チーム!」

僕「鵜の目鷹の目」
(あの時の心情としては「アドリブ」と同じくらい自信がなく答えたがOAを見たらそれほど語尾はあがってなかった)

正解!東京行き決定!
めちゃくちゃ嬉しくてハイテンション。

正解音が鳴った後、誰からともなく両チームの6人が集まって手をかざして「ファイヤー!」と叫んだ。
福澤さんも「君たちのミニファイヤー、確かに受け取った」と言ってくれたがここはカット。

放送時間の問題もあるだろうが、負けたチームまでファイヤーというのはおかしいからかなと思った。
▼僕らは1番先だったがまだ4県残っている。
横のほうでどんな問題が出たっけ?と感想戦をしたり、他県の問題に対してわかるやつは「○○だ」と答えたりしてた(もちろん小声で)。

ここで忘れられない問題を1つ。

どこの県かは忘れたがこういう問題が出た。

「人気の女性バンド、プリンセスプリンセス。メンバー全員のフルネームをいうと?」

知の甲子園時代(2008~2012)は「五賢帝を全て答えなさい」みたいな問題がよく出てたがこの時代にこういう答えが5つある問題は珍しい。

両チーム答えられずタイムアップ。
ブザーが鳴った瞬間スタッフからは「そりゃ無理だろ」みたいな感じの乾いた笑いが起こった。

この問題、よほどの悪問と判断されたのか、単行本にも掲載されていない。
このままでは歴史から消えるのでここで記しておく。

なお僕はこの前の年のプリプリの全県ツアーにも行っており、大ファンというわけではないが5人のフルネームはわかったのでこれを高知県の時に出してくれればな~と思った。
▼そうこうしてるうちに残りの4県も県代表が決まる。岡山県代表には後に芸人になる浅越ゴエ氏もいた。
そのあと各県ごとに写真撮影。
普通に構えてたらカメラマンに「もっとガッツポーズみたいなのしてよ」と言われ撮り直し。
右腕だけ構えたやつと両腕を構えたやつを撮ったが右腕だけの方が採用されてちょっと意外だった。

「これが数か月後に出る単行本に掲載されるんだな。早く見たい」と思ったがまさか1か月後の全国大会の「高校生クイズ新聞」で見るとは思わなかった。
▼そのあとスポンサーのライオンから賞品(ライオンのぬいぐるみ、シャンプー、リンス)をもらい、5県の県代表で「ファイヤー!」というシーンを撮影したがここでも元気がないと言われ撮り直しだった(笑)。

その後、中村高校(高知)と名乗る女子チームがやってきて「一緒に写真撮ってください」と言われて写真を撮った。
「後で送ります」と言われたがあれから30年たってもまだ送ってもらってない。
▼このあとどうやって移動したかは覚えてない。
瀬戸大橋記念公園のHPを見ると「宇多津駅から15分」と書かれているのでこの15分というのは徒歩ですか?と今回問い合わせたところ、「車で15分。宇多津駅から公共交通機関は出てません」ということだった。
ということはスタッフのバスとかで送ってもらったのかなあと思うけどペーパークイズや準決勝で負けたチームはどうやって帰ったのだろう。

ホテルは宇多津駅の近くだったのかそれとも電車で移動したのか覚えてないけど、戻って「優勝しましたよ」と言ったらフロントの人も喜んでくれた。
その後、僕らのチームとN城チームに分かれて写真をとった。

この時期の四国の日没は19:15頃だが、写真を見るともう暗いのでかなり遅かったんだなあと思う。

僕は前年もこの年もビデオカメラを予選に持っていってた。
YES/NOを勝ち抜けた後、N城たちとちょっと話す時間があり、「ビデオカメラが重いからこのバッグ持って行って」と渡したが(普通の)カメラぐらいは持っていってもよかったなあ。
準決勝を勝ち抜けた後とか撮る時間はいくらでもあったのに。

そういうわけでこの日とった写真はYES/NOの時にとった福澤さんの写真と最後にホテルで撮ったやつだけ。
全国大会と同じく写真がないです。
その前日に高知→高松を移動する特急列車「南風」で撮った写真は3枚くらいあるけど(笑)。

全てが終わって寮に帰ったのは22時頃。
第14回全国大会1回戦の替え歌作るやつで徳島代表が♪家路に着き 時計みれば10時~と歌っていたが僕らもそれくらいだった。

僕は寮ということもあり、高知駅から3つめの駅が最寄り駅、とかなりいい境遇だったが須崎組はここからまだ1時間以上かかるし、それよりさらに遠い中村高校(中村市。現・四万十市)は無事帰れたのだろうか。
 
 おわりに

 当時の高校生クイズで最大の難関はYES/NOクイズ。
 それを抜けた時、正直「よし、勝ったな」と思いました。

 ペーパーは落ちるとは思ってませんでしたが準決勝で学芸の2回目のジェスチャーであと1Pとられてたら…、「クスノキ」の問題で僕がもうコンマ何秒か遅く押してたら…、そして決勝では0-2とリードされる。
 本当に大苦戦の末、ようやく勝てました。この年の都道府県代表で僕らほど苦労して勝ったチームはないんじゃないかと思うくらいです。
 本当に勝ててよかったなと今もしみじみ思います。

2021年6月16日(予選から30年)自宅にて。
 コラム①~服装について

2年の時は服は合わせませんでしたがこの年はI井が「合わせよう」というので予選の数日前に服を買いに行きました。
購入したのはPayton PlaceのTシャツ。白地で胸のPayton Place for MENという文字が赤青黄の色違い。
I井が「俺、赤!」と赤をとったので僕は黄、S井は青でした。

しかしせっかく服をそろえたのにYES/NOを抜けてゼッケンをつける身分になってしまったのでPayton Place for MENという文字が見えない。
一応、肩や袖の部分は見えてますが白なのでどうも3人お揃いという感じは出てません。
色つきのTシャツなら揃ってる感も出たのでしょうがまさかYES/NOを抜けるとは思ってなかったのでそこまで考えてませんでした。

全国大会の時は何故か服を揃えようという意見が出なかったのでPayton PlaceのTシャツは持っていきませんでした。
クイズをしてるシーンで僕だけ黒のTシャツ、あとの2人は白いTシャツを着てることについて数人の人に言われましたがあれはたまたまI井とS井がPayton Placeではない白いTシャツを着てきたでのあって、別に僕だけ裏切って違う色を着たわけではないです(笑)。

クイズは2日目だったので1日目は違う服装でしたがそれはウエルカムパーティーの時にちらっとうつってます。
 コラム②~土佐高校の女子ついて
地方大会だけでなく、全国大会でもうつってたペーパーで負けた土佐高校の女子ですがその後、会う機会がありました。
詳しい経緯は忘れたけどI井に言われてモスバーガーで僕たちとその子とそしてなぜかO本チームで会うことに。
いったいいつの間に連絡先を聞いていたのか…。
1回会っただけでその後交流は全くなかったけど。
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