アタック25回顧録第1回 |
※この文章は98/07/05発行のカマラードリーグ公式記録集No.63に掲載されたものです。文中の「今年」は1998年の事です。 |
僕がアタックを初めて見たのは92年の大学入学以後だ。なぜなら僕の故郷の高知県ではアタックがオンエアされてなかったから。最初はあまりおもしろいと思わなかったのであまり見なかったが2回生の頃からパネルのとりかたのおもしろさに気づき毎週ビデオにとってパネルのとりかたを研究するようになり、また応募もするようになったが一向に「ハガキ予選」を通らなかった。今「ハガキ予選」という聞きなれない言葉が出てきたがここでアタックの長く苦しい予選を紹介しよう。 @ハガキ予選/普通のクイズ番組はハガキさえ出せばとりあえず予選には呼ばれるがアタックは「ハガキ予選」というのがありここですでに5〜6倍の倍率で誰でも予選会場に行けるわけではない。そうはいってもみんな結構運はよく、下田さんのように3回ハガキを出して3回予選に呼ばれた人もいるくらいだが僕は93年ころから毎週ハガキを送りつづけやっと予選に呼ばれたのは95年10月、約150通くらい送った時だった。 A筆記予選/やっと筆記。20問の問題が出されて1問5秒でとく。ボーダーラインはだいたい12〜13点くらい。 B面接予選/これがみんなが1番苦労しているやつ。筆記を通った10人あまりの人間が一列に並べられ、面接官と「仕事何やってんの?」とか「趣味は?」とか2〜3分話をする。「筆記の成績だけでなくTV向けの明るい人物を選考する」というのが名目だが、2〜3分でその人物の何がわかるというのだろう(これは就職試験の面接の時も思ったが)。一緒に面接を受けた人で僕より全然暗そうな人が数ヵ月後にTVの本戦に出ているのを見た時ほどショックなことはない。 C最終予選/1〜2週間後、面接の合否がハガキで送られてくる。これで「合格」ときてもすぐTVに出られるわけではなく年齢、予選成績など条件があう人間がそろうまで待たされる。面接合格の有効期限は1年で1年以内に「何月何日の収録に来て下さい」という電話がなければここまできてもまた最初からやりなおし。 というようにTVを見ているとすっごい簡単な問題を間違えたりして「こんなへぼい奴出すなら俺を出せ!」と思う時があるがあの人たちはこれほどすごい倍率を勝ち抜いて出場しているのである。平成の2大クイズ番組といわれた史上最強のクイズ王決定戦やFNS1億2000万人のクイズ王決定戦はハガキさえ出せば必ず予選には呼ばれるし、筆記の点数さえよければどんなに気持ち悪い人でも本戦に出場できる。 ウルトラクイズは第1次予選が○×なので実力さえあればほぼ通る史上最強やFNSに比べて運の要素が非常に強く、どんなにクイズが強い人でもクイズが弱い人に負けることがあるがそれでもハガキを出してパスポートさえとれば東京ドームの1次予選には絶対呼ばれるし、運だろうが何だろうが○×さえ抜ければ面接などなく全員2次予選の成田空港に行けるのでアタックよりウルトラの方がずっと簡単なのだ(ドームさえ抜ければ) さて僕が今までアタックの予選を受けた(というか受けさせてもらえた)のは5回。 95/10/29 筆記通過→面接落ち 96/03/19 筆記落ち 96/06/22(学生枠) 筆記落ち 96/06/22(社会人枠) 筆記通過→面接落ち 96/09/29 筆記通過→面接落ち というように2回の筆記落ちと3回の面接落ちを経験してきた。予選はだいたい10時、14時、17時と1日3回ある。96/06/22は「14時からきてください」というハガキと「17時からきてください」というハガキと2通来た。14時からのは「学生枠」で難問そろいで筆記落ちしてしまったが(95年も学生枠だったがその時とは比べ物にならないくらい難しかった)17時からのは「社会人枠」で問題が易しく、何とか筆記通過した(もちろん面接落ちしたが)。 アタックは学生には厳しく社会人には甘いので社会人になったらすぐハガキ予選通ると思ったがこれまたなかなか通らなかった。そして98年2月22日、ひさびさに予選に呼ばれた。最後に予選を受けてから1年4ヶ月振りである。夜勤明けでふらふらになりながら行くと集まった人数はなんと64人。現役のときならともかく今は受からないだろうなあ、と思いつつ20問の筆記を受ける。問題は以下の通り。 |
1 4月にある唯一の祝日は何でしょう? 2 かびにもいろいろありますがしょうゆ、味噌、お酒などの製造に用いるかびは何でしょう? 3 「八十八夜」というのはいつから数えて88日目のことを言うでしょう? 4 隠していた本性や悪事が世に出ることを何を表すというでしょう? 5 明治15年、講道館を創設し、柔道の発展に貢献したのは誰でしょう? 6 南北朝時代の内乱を描いた全40巻からなる軍記物語は何でしょう? 7 スペインの闘牛で牛に最後のとどめをさす闘牛士のことを何というでしょう? 8 バビロニア時代に制定された世界最古の法典は何でしょう? 9 新大陸アメリカにその名を残すイタリアの航海者は誰でしょう? 10 歌劇「椿姫」「リゴレット」「アイーダ」を作曲したイタリアの作曲家は誰でしょう? 11 Kinki Kids、V6、TOKIOの3グループから構成されるユニットが話題ですがこのユニットの名前は何でしょう? 12 長野オリンピックでも話題になったかかとが離れるスケート靴のことを何というでしょう? 13 インターネットの接続をしてくれるメーカーのことを何というでしょう? 14 「パラサイト・イヴ」から2年、新作「BRAIN VALLEY」も好評な作家は誰でしょう? 15 編集の仕方が雑誌と書籍の中間であるような本のことを2つの英単語を合成して何と呼ぶでしょう? 16 太陽系の惑星の中で今までに16個と最多の衛星が発見されている惑星は何でしょう? 17 こどもたちに人気のアンパンマンの原作者は誰でしょう? 18 カマンベールチーズに名を残すカマンベール村はどこの国にあるでしょう? 19 今年1月に亡くなった福井謙一さんが受賞したノーベル賞は何賞だったでしょう? 20 本の最後などに○の中にcと書いた記号がありますがこれは何という単語の略でしょう? |
…というようになんかめちゃくちゃ簡単だった。いくら社会人枠が簡単といっても過去4回受けた社会人枠の中では群を抜いて簡単だった(96/03/19は大学の卒業式の次の日だったがあれは社会人枠に入るのだろうか?問題の方は忘れてしまったのだが…)。64人もいるから採点の時間が長く、休憩中は寝てた。そうしてるとスタッフが入って来て「今回の合格者14人を発表します」と言った。14人なら約4.6倍。これくらいの倍率なら受かるだろ…と思った。僕の名前は真ん中くらいで呼ばれた。 続いて14人が一斉に横に並んでの面接が始まった。夜勤明けで眠かったので「○○に勤めており今日は夜勤明けで来ました」とかそういうことを適当にいったと思う。 スタッフの人との会話で「あなた点数めちゃくちゃよかったですよ」と言われる。13番、18番がちょっと自信がなかったので17点くらいかな、と思ったが家に帰って調べて見ると正解していたので自己採点は19点(ちなみに間違えたのは6番。日本史が超嫌いな僕にこんな問題がわかるわけがない。その後の調べで答えはおそらく「太平記」であろうとということはわかったが)。今まで筆記は3回通ったことがあるがいずれも13〜15点くらいで通ったので19点というのは初めてだった。 他の予選通過者は年齢層が高く30代から50代までさまざまで、やはり大人の人は人生経験が豊富な分話がおもしろい。仕事も「船の保険会社で2億円の保険金を払った」とか「漢字検定の教官をしている」とか職種もさまざま。どう考えても「有馬にある旅館でフロントをしている」よりはこっちの方がおもしろいがまあでも職種で決まるわけでもないので精一杯明るく振舞った。 普通予選を受けた次の週の月曜日に結果が来る(つまり1日の日曜日に受けたら9日の月曜日に)。だから3月2日(月)に来るかな、と思ったが来なかった。毎日、毎日ポストを見たが次の週の月曜も来なかった。「いつもは不合格だから早く来るけど今回は合格してるから遅いんじゃないか(笑)」と都合のいい考え方をしていたら3月10日(火)に本当に合格のハガキが来た。めちゃくちゃ嬉しかったがさっきも書いたようにこれで本戦に出場できるわけではないのだ。有効期限は99年3月20日までの1年間。それまでに電話が来なかったら終わりである。最初の1週間は毎日毎日電話を待った。しかし全然ないので「やっぱりそんなにうまくいかないな」と思っていた。 そんな中、4月30日に早乙女さんが出場した。応援に行った時に「予選いつ受けました?」と聞くと「去年の秋くらい」とのことだった。早乙女さんでも半年かかっているのだ。1ヶ月や2ヶ月であせっても仕方ない、と気長に待つことにした。しかしハガキが来てからわずか3ヶ月と1週間後の6月18日、携帯の留守電に出場依頼のメッセージが録音されていた。 2へ |